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『抱き癖』について考える

私の開催するマタニティクラス・母乳育児クラスでは、
毎回「赤ちゃんはどうして(どんな理由で)泣くのでしょう~?」
ということを、少しだけ一緒に考えてみたりしています。

誰でも知ってのとおり、赤ちゃんはしゃべることができません。
ましてやジェスチャーやアイコンタクトなどで意思の疎通を図る、なんてことは
無理に等しいという存在です。

そうなると唯一のコミュニケーション方法は「泣く」ということに
なるのですが、すべての要求を「泣き」で表現するのですから
それはそれはたくさんの理由で構成されるわけなのです。

ついつい育児に慣れていないパパや、「赤ちゃんの育児なんて
はるか遠い過去のもの・・」というおじいちゃん・おばあちゃんは、

  『赤ちゃんが泣く=お腹空いているんじゃない?』

になりがちなんですね。

でも実際は・・・暑い・寒い・痛い・かゆい・不快だ・お腹が空いた・
お腹がいっぱいすぎて苦しい・眠い・寝苦しい・寂しい・甘えたい・・・
等々、
本当にたくさんの理由があるのだと思います。


身体に対する不快感などは、「ただちに取り除いてあげるべき」と当然
思われるのですが、
対して「甘えたい・寂しい」に関しては・・・
本当に意見が分かれるところなのですね。

これが『抱き癖』論戦につながっていくのではないか?と私は考えています。


赤ちゃんは約10ヶ月もの間、お母さんのお腹のなかで「常にお母さんと一体で」
存在しています。

お母さんの声や身体の音を聞き・肌で感じ、そしてお母さんとともに行動し、
温かく包まれ・揺られ・・・
長い月日をともに過ごしてきました。

それが生まれ落ちた瞬間、「ひとりの独立した存在」としてみなされる。

もちろん「赤ちゃんはお母さんと同一ではない」のですから「独立した存在」
であって良いわけなのですが、
でも心や気持ちの面で、「精神的に独立」するのは、そんなに瞬時に
完成されるものなのでしょうか・・?

きっともっと大きくなった子どもや、大人でさえ、
「寂しくなったらなぐさめて欲しい・癒されたい・時には甘えたい」
と思うことは当然ありますよね?

しかし赤ちゃんに限っては、「癖になるから」という理由だけで
「抱かれたい」「安心したい」という思いを拒絶される、というのは
どうなんでしょう。

私個人の意見としては、赤ちゃんが泣いて抱いて欲しいと思うとき、
優しく抱いてあげて『気持ちを満たしてあげるべき』なんじゃないかな~?
と思っています。
それにより心が安定し、心身両面でバランスよく成長していけるのではないか。
そう思うのです。


ただ、もしかしたらこれは「日本人」としての民族意識のようなものが
無意識のうちに働いているのかもしれないですし、
特にここ香港ではいろいろな国籍カップルのご家族がいらっしゃいます。

なので「私はこう思うので(そうしてください)!」というのではなく、
「私はこう思うけどあなたはどう思うのか、また、あなたのパートナーは
どう思っているのか」ということを投げかけるようにしています。


こういった問題は答えはひとつ!正解はコレ!というものではないので、
互いに試行錯誤しながら、手探りながらでも自分たち家族にとって
『ベスト』と思われるやり方で、ベストと思われる家庭を築いていく
ことが大切なんだと思います。


なかなか「赤ちゃんの思いに応える」「気持ちを理解する」というのは
難しいです。
(なぜなら赤ちゃんは教えてくれないですから・・
でも赤ちゃんだってこの世に誕生したてであれば、親だって親として
誕生したてなわけなんです。

お互いにじっくりゆっくりと歩み寄り、ともに進んでいけたら良いですね。。。
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